原始からの色・・・赤、白、黒

色彩と文化

私たちの身近に存在している色は、その時々の文化や時代の流れと影響し合っています。

赤い色のお椀がみそ汁となじむと感じるのも歴史的な文化の中で定着した感覚のようです。

各時代の色と文化の関係についてみてみましょう。

神話・古墳時代

赤、白、黒の3色は、最も古い時代から使われている色です。これは、日本に限らず全世界で原始社会の色、 または未開社会の色セットとして共通に認められています。

日本の神話での例としては日本書紀で猿田彦を「その神の眼は照り輝いてほおずきのようだ」と表し、風土記では「赤土を塗ったほこを舟の帆先船尾に立て、海水を赤く染めて遠征した」という記述があります。また、ヤマトタケルが死後白鳥に化した話や神の座を定めるための切り取ったままの樹木は黒木と呼ばれていたことなどからも、古い時代から赤、白、黒が使われていたことがうかがえます。

5、6世紀頃の九州各地の装飾古墳の内部壁面では、やはり赤、白、黒の3色が大きな面積を占めていて、例外的に青色、緑色が見出される程度です。これが7世紀末から8世紀初頭のものとされる高松塚古墳では使用色が現在の日本画で使われている色とほとんど同一であり、技法もほぼ同一のものとなっています。

色はなぜ見えるの?…見るための条件は?

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飛鳥・奈良時代

飛鳥時代は日本に仏教が伝来した時代です。588年百済の僧が金色の仏像とともに彩色料を持って渡来しました。これが日本で最初の鉱物性顔料の公式記録となっています。

奈良時代に入ると、赤から紫にいたる各色相の絵具が整いました。それには金色、銀色のほか、植物性の色料である臙脂(えんじ)、藤黄(とうおう…透明色の黄色で有毒)、藍が含まれています。

また、絵の具以外に素材色の色が絵の具の色と同等に扱われていました。例としてはメノウ、貝、ビンロウジュ、桑、黒柿、染めた象牙などです。

さらに、水性彩色と並んで油彩色(油性塗料による着色)が広く使われていました。これは正倉院の所蔵品の中ににかわのほか、加工乾性油が使われていたことからもわかります。密陀絵も、加工乾性油に顔料を混ぜて描かれました。

染色の技術も奈良時代に進歩しました。赤色の染料は紅花、茜、蘇芳(すおう)の3種、黄色染料は刈安(かりやす)、きはだ(漢字では、黄と、くさかんむりに檗)、支子(くちなし)、櫨(はじ)、桑です。褐色や黒色系染料としてはつるばみ(きへんに象)、胡桃、榛(はり)、緑系染料は藍と刈安の重ね染め、藍ときはだの重ね染め、その他の染料として藍、紫があります。

このように時代が進むに連れ、使用されるいろは、原始の赤、白、黒からどんどん増えてきたことがうかがえます。

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