江戸時代にも流行色はあった?

国が服装も規制

江戸時代前期は富を持ち始めた町人に衣装比べが流行し、総鹿の子(そうかのこ)、金糸刺繍など贅を凝らした衣装が競って作られていましたが、やがて奢侈禁止令(しゃしきんしれい)で制限されるようになります。これは庶民は贅沢は禁止、質素に、という 目的で発令されたもので、着物の生地、柄、色にまで細かく規制をしました。

「総鹿の子」とは絞り染めの一種である鹿の子絞り(目結:めゆい、纐纈:こうけち、ともいう)を総絞りにした模様が小鹿の背のまだらに似ていることからその名で呼ばれている和装向けの生地です。非常に手間のかかる模様であり、現在でも高級品として流通していますが、江戸時代には贅沢品として規制されるようになりました。同様に金糸を用いた刺繍がほどこされている品物も規制がかけられました。

色では、高貴な色とされてきた紫や紅色の染料である紫根(しこん)や紅花を用いることを禁止して、 これらの色から町人を遠ざけました。

江戸時代にも流行色はあった?

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町人達の工夫

後期には度重なる禁止令により、安価な染料を用いて高価な染色に似せた色を染める偽紫(にせむらさき)などの色も工夫されましたが、その一方で比較的経費のかからない茶色系の色や鼠色系の色が多数現れました。俗にいう「四十八茶(しじゅうはっちゃ)、百鼠(ひゃくねずみ)」は、そうしたこの時代独特の流行を表した言葉です。限られた色の中でおしゃれをしたいという庶民の欲求と染める職人たちの工夫で微妙な色調が作り出されました。

庶民の着物の素材は「綿」または「麻」、色は「茶色」「鼠色(ねずみいろ)」「藍色の中でも茶色は人気の歌舞伎役者の名前にちなんで、団十郎茶(だんじゅうろうちゃ)、路考茶(ろこうちゃ)、璃寛茶(りかんちゃ)、など多数あります。「四十八茶、百鼠」に関連する色名をいくつかあげると、光悦茶(こうえつちゃ)、蘭茶(らんちゃ)、黄海松茶(きみるちゃ)、利休茶(りきゅうちゃ)などがあります。 色名に「茶 」と付いていますが、現在の茶色より色相の範囲が広く、緑みがかったものや青みがかったものまであります。鼠色の色名も何点かあげると紺鼠(こんねず)、小町鼠(こまちねず)、嵯峨鼠(さがねず)、銀鼠(ぎんねず)、柳鼠(やなぎねずみ)、小豆鼠(あずきねずみ)など、青みのある鼠色から赤みのある鼠色まで現在の鼠色(灰色系)よりさまざまな色があります。他に藍染ひとつで青系の色で納戸色(なんどいろ)、黄系の色で鬱金(うこん)などもこの時代にできた 色名です。

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